熊本で祖母と二人暮らしを始めてから、小学校を4回転校しました。
やっと仲良くなれた友達とも、1年ちょっとでお別れ。転校のたびに教室の前に立ち、別れの言葉を言いながら涙が止まらなかったのを覚えています。
しかも、転校のタイミングは学年の変わり目ではなく、いつも学期の途中。
「次はどんな人たちがいるんだろう?仲良くなれるかな…」という不安で、初登校の日は足がすくむほど怖かったものです。
最後の転校先は、母と一緒に暮らせる大阪の小学校でした。
でも、教科書も習字道具も絵の具も笛も、何もかもがみんなと違う。
言葉のなまりを笑われることもあり、幼い心にはそれがとても辛いものでした。
当時は漫才ブームの真っ最中。家に帰ると宿題そっちのけで、大阪弁の練習に夢中になりました。
「もう一回言ってみなっせ」と笑う私に、祖母もおかしそうに付き合ってくれたのが懐かしい思い出です。
転校は、私にとって「出会い」と「別れ」の繰り返しでした。
けれどもその経験があったからこそ、私はどんな人とも人見知りせずに話せるようになり、初めての場所でも臆せず自分を出せるようになりました。
当時はただ必死で、泣いたり笑ったりしながら毎日を生きていましたが、今になって思えば──それこそが転校がくれた、何よりも大きな宝物だったのです。
あの頃、私の背中をいつも温かく支えてくれたのは祖母でした。
どんなに不安な朝も、「大丈夫、行っといで」と送り出してくれる祖母の笑顔があったから、私は新しい世界に一歩を踏み出せたのだと思います。