母の話を聞きながら、頭の中は混乱したままでした。
アルバムに映る父の笑顔も、母の口から語られる思い出も、すぐには整理できません。
母は、父との出会いから別れまでを、懐かしむように語り始めました。
熊本で理容師の専門学校の同級生だったこと。
大阪で自分たちの店を持つという夢を追い、一緒に上京し、がむしゃらに働いた日々。
やがて結婚し、念願の一店舗目を手に入れ、さらに二店舗目の開業を目指して、ふたりで必死に営業したこと。
「でもね、仕事でクタクタになって、家事が思うようにできなくなったの。お父さんは家庭に安らぎを求めていたから、私はだんだん理想の奥さんではなくなっていったんよね。」
小学生の私でも、二人の気持ちがすれ違っていく様子は理解できました。
母の声は、恨みや怒りではなく、どこか遠い過去を振り返るような柔らかさを帯びていました。
母は何度も、
「お父さんに会いたかったら、いつでも連絡するし、会うこともできるんだよ。」
そう言ってくれました。
けれど、私の心には迷いが渦巻いていました。
生まれたばかりの私と母を残し、別の女性と歩む道を選んだ父──。
もし私が「会いたい」と言えば、母を傷つけてしまうのではないか。
その考えが頭から離れず、心に芽生えたばかりの「お父さんに会いたい」という気持ちに、私は固く鍵をかけました。